ブログ更新/賢者の贈り物

  • 2013.12.28 Saturday
  • 10:55
今年もあと少し。職場の関係もあって、自分より若い人とクリスマスの話題で話すことが多いのだが、クリスマスプレゼントの相談とか愚痴を聞くことが時々ある。今日はその話を少し。

ファースト・クリスマスだったら、女性はたいていアクセサリや服、身に着けるもの、たとえばネックレスとか、もう少しステディな関係だったら指輪とかを期待していると思うのだが、そこのところを理解している男性というのは意外に少ない。

20代半ばのとても純真な気立てのいい男性で、初めて恋人と迎えるクリスマスに、何を贈るのか聞いたら、「愛があればプレゼントなんか関係ない」的な答えが返ってきたので、そんな愚かな真実は今すぐ捨てるように忠告し、値段は安くてもいいから小さな誕生石のついた指輪を贈るようアドバイスした。素直な男の子だったので、私の言う通りのプレゼントをして、彼女はとても喜び、すんでのところで事なきを得た(笑)。

さんざん考えたプレゼントを男性に用意したのに、男性は仕事をしていて帰って来るのさえ9時過ぎでプレゼントもなかったという話は案外よく聞く。
男性にしてみればクリスマスに会えるだけで嬉しいし自分の恋人がクリスマスに物欲を増長させているとは考えたくないだろう。 だがしかし。女性に物欲がなかったら、人間の経済的成長はなかったろうしもしかしたら資本主義も発達しなかったかもしれぬ。毎晩家庭の食卓に美味しい料理が綺麗な皿に盛られて並ぶのは、女性の物欲のおかげである。

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だが逆にこんな例もある。 ある物書きの男がいて、恋人の女性がいた。女性を仮にAとしよう。男はAの実直で明快な気質を愛していたし、AはAで男の理想高い精神を愛していたから、Aはクリスマスには彼に一番ふさわしいプレゼントをあげたいと思った。

男の本棚には愛読書が並んでいたが、彼が一番好きだと言っている作家の全集には、1巻だけ抜けがあった。同じ版は絶版だったのでたとえ1冊でも買えば高価だったが、彼女はその1冊を古本屋で買い求め、男にプレゼントした。きっと喜んでもらえるだろうと。

だがなぜか男はその本を全集の中に収めることはせず、歯抜けの全集が本棚で完結することはなかった。 彼女はそれを見て訝しみ、彼に問いかけた。私が一生懸命探してきた1冊を、どうして本棚に並べてくれないの。男はうつむいて返答に困った。彼の所持する全集に欠落があるのは、彼の人生が未だ未完であるのと同じ意味で、わざと1冊欠けていたのだった。

彼が最も愛するその3巻目を自ら入手するときは、自分の作品にもある種の完璧さが見込まれた時期になってからだと、彼なりに心構えを持っていたのである。

だが実直で現実的な性格のAにそれを説明する勇気が彼にはなかった。また、そんなことを理解しそうもないAだからこそ、男は彼女を愛していたし、一緒にいて心が安らぐ相手だったのである。 口ごもりただごめんよと謝る彼に、Aは失望し、悲しんだ。自分が彼を理解していないし回答すらも得られないことが辛かった。

男は本当は、ライターが欲しいと思っていた。今流行りの電子ライターを自分で購入するのは贅沢なようで気がひけたし、彼女がもしもそれを贈ってくれたなら、まるで彼女がいつも心に火を灯してくれるような気がしたからだ。だが煙草を喫まない彼女にとって、いつも100円ライターで煙草に火をつける侘しさというのはわからない。

男がAに贈ったのは、綺麗な絹のスカーフだった。ちょうど自分が欲しいものがライターであるように、彼女が必要としているものも、身に着けるものだと思ったからである。しかし、スカーフはもういくつか持っていたし、何より、そういう世俗的なアクセサリを贈られることが、彼から遠く離れた場所にいることの証のような気がして、彼女はあまり嬉しくなかった。

では彼女は何が欲しかっただろうか?カンのいい人ならわかるだろう、そう、Aは本を贈ってほしかった。男が選んだ珠玉の短編集や詩集を読むことで、自分が今よりも男の精神に近づけるような気がしていたからだ。男の愛する書物を、贈る相手として自分が選ばれなかったことに彼女は傷つく。

ただしこのカップルはその後少しずつ自分の気持ちを話し合うことで、溝を埋めていっているようだ。

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プレゼントの究極の意味は、オー・ヘンリの「賢者の贈り物」なんだろうと思う。真剣に考えれば考えるほど、すれ違うことが、プレゼントの宿命のような気もする。

現実は厳しく、例えば中年の男性の愚痴だったが、さんざん考えて友人の意見もリサーチして、ブランド物のハンドバッグをデパートで買って妻にプレゼントしたら、「どうして買う前に一言相談してくれないの!私の好きなブランドはこれじゃない!いつも私が使っている財布や鞄を見ていないのか」といたく叱責を受けたとしょんぼりしていた。少々趣味が違っても微笑んでありがとうと言えばいいのだが、女性から見れば自分の趣味に気づかない伴侶は愛情が薄いような気がして淋しいだろう。例えば妻が髪を切っても気づかない夫のように。

流石だなと思ったのは、老夫婦で、仲は良いのだけれども、誕生日もクリスマスも、奥さんは自分の欲しいものをさっさとデパートで選んで買ってきて、イベント当日に「はい、これをプレゼントとして私に渡してください」といって夫に渡し、「受け取り儀式」的にもらうのだそうである。これなら絶対にハズレはない。

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私自身のことを振り返ると、過去にずいぶん長い間クリスマスのディナーを作りプレゼントを用意したので、やるべきことはやりつくした感がある。最近はほとんど何もしない。だいたい人間の冬は、季節をむりやり元旦で区切るので、ひっそりと冷たい冬が丸ごと味わえない気がして落ち着かない。今度生まれ変わったらもう人間はいいかなと思うので、野生の鹿か猿にでもなって、人間の勝手なカレンダーには関係ない長い一続きの冬を、空を仰ぎながらゆっくり過ごしたい。

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  • 2019.09.09 Monday
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